自閉症の世界

~自閉症の世界を知って、障がい児の子育てに役立てよう~

優越感を感じたい。

彼女は二卵性双子の妹として生まれた。

 

 2人の顔は全く似ていない。姉は定形発達、しかも優秀。美形。

妹、つまり彼女は言葉のない重度自閉症、どちらかといえば男顔。

 

両親は二人を平等に扱い、同じ環境で育てることを望んでいた。

お父さんは海外出張も多い大手の商社マンだった。

将来、海外在住も見据えて、二人をインターナショナルの幼稚園に通わせた。

 

 自閉症妹の通園は、連れて行くことからとても大変だったそうだ。

通る道のこだわり、座り込みや泣きをなだめつつ毎日が戦いのようだったとか。

しかし、園でも受け入れてくれたし、近所に住む祖父母も非常に協力的だった。

 

 妹の症状から言って普通級は到底無理だが、両親は二人を同じ小学校に通わせたいと

入学前、支援学級のある小学校の学区に引っ越した。

 

 お姉ちゃんはおっとりした優しげ顔立ちだったが、

自閉症妹の方はつんつんした、気の強そうな性格に見えた。

自閉症でなければ勝気、意地の強い子として育つんだろうなと思わせた。

 

 妹はこばとには年長の時から療育に来ていた。

 

 重度ながら視覚認知は良く、文字を覚えて書けるようになった。

しかし、なんで私だけにこんなことさせるの!と言わんばかりの態度。

 

 鉛筆の芯んを強く紙に押し付け、芯が砕けて粉にする。

 それを手の平や指で、紙になすりつけて黒くする。

 手が汚れるのを厭わず、それどころかわざと手を汚している。

 

療育側としては文字が認識出来てきたので発語の練習をさせたいと考えた。

彼女なら必ず発語につながるだろう。

 

しかし、彼女は口をへの字に結んで頑として音声模倣をしようとしない。

私は表情を変えず、粘り強く、根気よく発声模倣を促し続けた。

続けていくと彼女も、ついうっかり模倣して音を口から小さく漏らす。

 

私はよし!その調子!と張り切って褒めるのに彼女は嬉しくない。

彼女はつられて音を出したことをひどく悔やむ。

悔しそうに泣き顔になったり、トイレに逃げ込むことさえあった。

 

しかし、いやいやながらの態度ではあったが、囁き声ながら復唱できる単語は増えて

行き、記憶力もよかった。

 

 支援級に入ったが、そこでも彼女は手のかかる言葉のない重度の自閉症としてふるまった。発声できているのに支援級では発しなかったそうだ。

 

 支援級には言葉のある子どもも多くいたし、彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。

 

あてつけなのか、自分でトイレに行って排泄できるところまでできていたのに、

彼女はある日、誰もいない特別教室に行ってそこで大の方をやった。

お母さんも呼ばれる大惨事になったと、お母さんから嘆きと共に聞かされた。

 

彼女のつんつんした態度にもかかわらず、こばとでの療育は続いた。

ひらがなカタカナはマスターした。が書字に時わざと引き伸ばしたり、枠からはみ出すように書きもした。足し算や引き算、時計も覚えていった。

 

しかし、4年生半ばになると態度さらに反抗的になって行った。

通常でも少年期から青年期になる、いわゆる思春期には皆反抗的になるが。

 

自閉症の子は遠慮や気遣いというものがない。いつでも自己中。

彼女も思いっきり自我を強く出すようになった。

つんつんは増え、口をとがらせて自分の意思を出すようになった。

 

この年頃は押さえつければ余計反抗する。

それなら、療育を中止しようと私は言った。彼女の意思を通してやろう。

 

5年生になる時、彼女は支援学級から支援学校の方に転校していった。

姉と同じ環境を、と思っていた両親にとっては重い決断だっただろう。

 

しかし、お母さんの話によると転校してから彼女は伸び伸びしてきた。

言葉もよく出るようになり、言葉数も増えて言ってといっていた。

 

支援学校に来たら自分より喋れない子がいる。

勉強も自分の方ができる、と分かって優越感を感じたのだろう。

 

自分よりしゃべれる級友、いつも自分が下の環境で勝気な彼女は劣等感を感じていた。しかし、支援学校では自分の能力が評価がされる。

彼女は優越感を感じたに違いない。

 

自閉症だって劣等感もあれば優越感もある。

承認欲求は自閉症においてもあてはまるのだと、しみじみ思う。

 

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