自閉症の世界

~自閉症の世界を知って、障がい児の子育てに役立てよう~

マンホール

 自閉症児は健常児と同様に正常のスピードで体は成長していく。

 

 偏食という割にはがりがりに痩せているわけではなく、

 むしろ体格が良かったり、肥満だったりもする。

 周囲を気にしないマイペースなので、社会的抑圧が少ないためかもしれない。

 

偏食も改善される頃には見た目も逞しげな、がっちり体格の男子。

生理が早すぎるくらいの女子、

スタイルを気にしないぽっちゃり、ボインの女子。

 

見た目は一人前の大人の体になっていく。

しかし、精神面は体に追い付かず幼い。可愛いと言えば可愛い。

 

なので、周りの大人も体はでかいにもかかわらず幼い子供のような扱い、対応をしてしまいがちだ。

 

 彼らの精神面を成長させるには、彼らを年相応に大人扱いをしていくことが絶対に必要な条件だ。

それは長い療育経験から確信を持って言える。やること、言うことが幼いからと言って周りの大人までそれに合わせてはいけないのだ。

 

だいぶ前の療育中のこと。

 

次から次と出てくる息子のこだわりに悩まされているお母さんがいた。

彼女の息子は一人っ子。言葉のない重度の自閉症

小学校は支援学級に通っていた。

多動で、失踪するタイプではなかったが、こだわりは多かった。

 

両親はそろって物静かで優しい人柄。

お母さんはこだわりにこだわりやすい人ではあった。

 

幼児期からこばとの療育に通っていて、なんとか発語は出たものの

不明瞭でか細い声のオウム返しがほとんど。

 

お母さんには療育を続けている割には効果が感じられないでいた。

というのも彼の息子は次から次とこだわりを作り出すので、そればかりに目がいき、

対策に振り回され、息子の良い面など見えなかった。

 

唾を口いっぱいに貯めたり、唾を出して遊んだり。

すぐにズボンの中に手を突っ込んで所構わず股を触る。

 

股触りのこだわりが出た時は傍目もあるし困ってしまった。

 

股も手も体についているものだし・・・、隠すわけにはいかない。

すぐにズボンに手を突っ込めないよう、Tシャツに布を継ぎたしてスカートのように長くする。裾を捲りあげている間にさりげなく手をとめる。

彼にこだわりを忘れさせる苦肉の提案をした。

 

そうしているうちマンホールこだわりが出た、とお母さんが言って来た。

3年生の時だった。

 

少しずつ一人歩きの練習をさせるようにと、提案していたタイミングでもあった。

 

一人歩きなんかとんでもない、とお母さんは言った。

 

 息子はマンホールを見つけると、必ず踏んでその周りを一周しないと気が済まない。急いでいる時などマンホールをスルーさせたいのだが

意地でもやろうとしてバトルになる。

止めれば止めるほど、だんだんこだわり方が強くなってきている、

と連絡帳に切々と書いてきた。

お母さんもこだわりにこだわった。息子のそこしか見えない。

 

マンホールに近づいたら、彼に気を紛らわすものでも見せれば、

と言ってみたが、マンホールには勝てなかった。

 

療育後のお迎えは、少しでも一人歩きになればと考え、こばとから少し離れたところでお母さんが待っていることになっていた。

 

彼を見送っていてピンときた。

彼はお母さんの姿を見つけた途端、マンホールにこだわり始めた。

 

お母さんは一人歩きの練習どころではない、と言っていたが開始を説得した。

 

スタッフが見張るので、お母さんはこばと前の歩道橋を渡って、息子からは見えない

駅に続く道にいて下さいと言った。(こばとは駅から5分)

 

彼が帰る時こばとの携帯から「終わった。今帰る。」とオウム返しで言わせて帰した。

彼はいつもの場所にお母さんがいないので探す素振りをみせた。

見張りのスタッフ(私)が駆け寄り、

「お母さんは歩道橋の向こう、駅のお店の入り口にいるよ。」

と声をかけ、帰るよう促した。

 

彼はお母さんのもとへ小走りで向かった。

途中、マンホールもあったが気にもせず急ぎ足だった。

 

その後もこの作戦は続き、お母さんの待っている距離を伸ばした。

はじめは不安そうだった彼の表情は、次第に得意そうな顔になってお母さんのところに来るようになった、とお母さんは言った。

 

いつの間にか

マンホールこだわりは消え、唾遊びもなくなり、股触りもなくなっていた。

自信が出てきたみたい、とお母さんにも笑顔が出てきた。

 

自閉症の子は何をやらかすかわからない、と心配されすぎ

自力行動、自力判断を抑えられる傾向にある。

しかし、彼らだって通常の何倍もゆっくりではあるが、精神面も成長する。

 

年頃になるにつれて、いつもいつも誰かに付いて歩かれたり、

見張られ口出しされてはうっとうしくもなるだろう。

イライラもするだろうし反抗もしたくなるだろう。

 

しかし言葉でうまくその気持ちを表せないが故に、不適切な行動をとりかねない。

 

そうならないために、いつまでも幼児、子ども扱いせず、年相応に対応して

大人扱いしていくことが大切だ。一人前にしていくことが大切だ。

 

それは周りの大人たちの問題でもある。

 

件の彼は支援学校高等部をもうすぐ卒業。

大人の仲間入りも近い。

こばとを離れて長いことなるが大人の自覚は育っているだろうか?

 

 

 

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