自閉症の世界

~自閉症の世界を知って、障がい児の子育てに役立てよう~

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ブログも落ち着いて書けないほど

なんだか毎日が慌ただしく過ぎていく。

 

相方はまだ31日までコロナ自粛で在宅勤務だが、

気の早い私はといえば連休明けから療育を開始、

1対1で週に4名だが、準備にすごく時間がかかる。

というか、時間をかけてしまう。

子ども1人1人の特性を考え、

教材や指導内容をどう組み合わせるか

あぁでもない、こうでもない、あの手はどうだろうか・・・・

つい、いろいろ考え、ほかの事をやりながら閃いたりする。

 

平成時代は今と比べものにならないくらい、はるかにに多い人数だったのに。

週に120人から150人の子どもが来ていた。

それでも全員の子どもを把握し、指導の見立てを書いていたなんて信じられない。

少ない人数なのに時間けすぎってことは、

余裕が出来たっていうことかな。

 

ところで

コロナ感染拡大中ではあったが、

こばとのお隣さんの娘さんが里帰り出産のために帰ってきていた。

里帰りと言っても同じ県内なので問題はなさそうだ

今は婦人警官でもある妊婦の娘さんは

学生時代こばとの夏合宿に、ボランティアとして参加してくれたこともあった。

今回は二人目の出産。長女はもうすこしで2才になる女の子。

 

長女ちゃんはとてもおしゃべり。

目をしっかり合わせ、くりくりさせながら、

表情も豊かで、振りまで入れて大人のように切れ目なくしゃべる。

 

しかし、何をしゃべっているのか誰にもわからない。

明瞭な日本語の単語は聞き取れない。

何語かわからないが外国語のように、流暢?にしゃべる。

お喋りの中でなんとなく単語らしい発音がでてくると、

私は間の手を入れ、話かける。

 

婦警さんママもおばあちゃんも困惑したようなあいまいな表情で

長女ちゃんをみている。

明瞭なパパもママも単語もまだないという。

指差しもまだない。

喃語らしい喃語もないうちにとおしゃべりが始まったという。

 

こばとの療育中にも似た男の子がいた。

自閉未満、グレーな感じの男児だった。

4才近くになってお父さんに連れられてこばとにやって来た。

多動ではなく、不安そうな目つきをしていたが、目が合わないわけではなかった。 

 自閉特有の動作や雰囲気は見られなかった。

発語もあったが、何をしゃべっているのか単語は聞き取ることが出来なかった。

まるで言葉の音をバラバラにして無秩序に並べて発声している感じだった。

 

療育開始後、絵とことばのマッチングカードをやり、

ひらがなを教え、ひらがなの発声を教え、

単語に並べて発音させていくうち通常の喋り方ができるようになった。

知的な遅れはあったが、学習は少しずつ進んでいった。

 

しかし、父親な言葉の発達に不満なようで、

というか遠方の祖父母たちに不満があったようで、

自分達の手元で育てればもっと伸びると言って来ているようだった。

父親に何度も相談された。

相談されても、私も????だった。

療育に素人の祖父母がもっと伸ばせるものなのか・・・。

 

祖父母の思いはずっと続いていたようで、

とうとう、中学2年の時に言葉と社会性を伸ばすとという目的で

九州の祖父母の家に預けることになった。

私な疑念を抱いていたが、父親が決定している以上何も言えなかった。

 

出発の前、親子3人で挨拶に来た。

母親は突然鞭打ち症になったと言って、首にギブスをしていた。

母親は祖父母に預けることには反対だった。

相当、ショックだったのだろう。夫の実家には何も言えない。

とりあえず、中学2年という多感な時に彼は旅立った。

 

祖父母の家は農家で、外国人なども使用人にしていた。

現地の中学校は祖父母の家からかなり遠かったようだが、

父親の言葉によれば、学校側にはよく話をしてあり配慮も

十分してくれるはずだと言っていた。

ん~ん、祖父母の住む地域よりは、少なくとも都会で千葉の中心部にある

支援中学校の指導内容より進んでいるとは思えなかったが・・・。

 

父親は息子の様子をレジュメに書いて何度か相談にきた。

あまりいい状態ではなさそうだった。

荒れているようだった。

人形をボロボロに刻んだようなことも言っていた。

こうなるのはわかっていたことだ。

祖父母の家では人手がほしかったのかもしれない。

 

1年後、千葉に戻り、支援高等学園を受験して合格。

高校では花のポット栽培などしていると言って、

アリッサムムスカリなどの花の名前を教えてくれた。

真面目で礼儀正しい青年になった。

今は、大手の食品スーパーに勤める社会人だ。

 

婦警さんママの長女ちゃんもきちんと療育すれば

きっとわかる喋りになっていくはずだ。

実家はこばとの近くでも産後帰る家は遠いので

育ちを見れないのが残念だが。

 

コロナ自粛中だったが、無事第2子女児出産。

おめでとう。

緊急事態宣言解除後に帰るそうだ。

 

しかし、子どもはいいなぁ!!!

未来の希望そのものだね♡  

 

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コロナ自粛中ディの子ども達が遊んだミニミニ公園